「ネットワーク」  藤次郎が今のアパートに引っ越ししたのは、会社に近いことと会社の先輩や同僚が近所 に多いことからである。  藤次郎の居るアパートの近所には激安のスーパーがあるが、一家庭を基準にしているせ いか、例えばジャガイモなら十数個単位、卵なら十二個パック等など、一品の単価はかな り安いのだが量が多くて困る。独身者にとってそう毎日、ジャガイモならジャガイモ料理、 卵なら卵料理と言うのは、さすがに嫌気がさす。  それでも藤次郎の場合は、最近料理学校に通うようになった玉珠がその腕をふるって料 理を作りに来てくれて、玉珠がいろいろ工夫して料理のレパートリーを増やしたり、アレ ンジしてくれたりするのだが、それでも量が多い。しかし、他のスーパーや専門店で小量 単位でちまちまと買うよりは、激安スーパーで買った方が家計の負担が少なくて済むので、 どうしてもそこで購入することになる。  「どうーもー。おばんですぅ…」  いつものように、合い鍵を使って部屋の中を覗き込むように入ってきた玉珠を、たまた ま台所でお湯を沸かしていた藤次郎が迎えた。  「…あんたがね」”ペシッ!” と藤次郎が言った途端、玉珠にはたかれた。  「なに言うのよ!!」  玉珠はふくれた…結構気にしているらしい…。藤次郎は「…この冗談は使えねぇな!」 と思った。以前はこれで喧嘩になって玉珠がそのまま帰っていたと思われるが、以前の喧 嘩で懲りたのかそのまま藤次郎を押しのけて上がり込み、台所に掛けてあったエプロンを 取ると、素早く着た。  料理の下ごしらえを藤次郎に指示して手伝わせ、テキパキと済ませると、  「はい、後は座ってて…」 と、藤次郎を狭い台所から追い出して、鼻歌を歌いながら料理の仕上げを始めた。  藤次郎はその後ろ姿を見る度に、なんか玉珠に申し訳ないと思いつつも、情けないこと にその先が思いつかなかった…  「はい、おまちどうさま」  「今日もジャガイモか…」  「贅沢言わない。それとも、私の作った料理が気に入らないの?」  藤次郎がぼやいているのを聞きとがめた玉珠が言った。  「いやいや…お玉の料理の腕には感謝しています」 と、言って藤次郎は玉珠に対して手を合わせた。  「なにを、大げさに…いいのよ、好きでやっているから。それに、レパートリー増やす のを考えるの面白いから」  「ありがとう、お玉」  「いいえ、どういたしまして」  藤次郎と玉珠はお互いに笑った。こうして時々玉珠が料理を作ってくれるようになって から、それまで外食ばかりだった藤次郎も料理を作ることを覚え、玉珠から教えられて簡 単な料理が作れるまでになった。  今日は二人して結構楽しんで料理をしているが、毎日、同じ食材の料理だと次第に飽き が来る。「玉珠と料理するのは楽しいけど…でも、困るなぁ…」と考えた挙げ句、藤次郎 は近所に住む会社の同僚に話をしてみた。すると、  「ああ…、あのスーパー?確かに安いので、引っ越しした最初の頃はよく利用していた けど、量が多くてすぐ腐らせるから、我慢して別のスーパーを利用しているよ。○○屋は 独身者向けに小量で売ってくれるから…でも、ちょっと高いんだけどね」 と、言っていた。また、別の同僚も  「うん、あの激安スーパーは確かに安いけど、量が多くてね。俺も時々あそこで買って 我慢して一週間ほど毎日同じ料理を食べてたりするよ」 と言う意見が多かった。  藤次郎は、一計を講じた。それは、藤次郎の住む近所の同僚たちとネットワークを組み、 献立リストを作り、激安スーパーで食料を買い込み、分けると言った方法である。そうす ることにより、品物の単価が安くなり、また献立も日々変えられる効果があると考えた。  そんな話を何気なく近所の同僚に話をしたら、「おもしろそうだ」と言うことになり、 数人の同僚が話に乗ってきた。  献立リストは、玉珠や近所に住む料理好きの同僚が自発的に考えてくれた。そのレシピ と調理方法を会社の同僚が持っているホームページに掲載した。  最初、5,6人単位で始めてから暫く続けている内に、瞬く間に十数人規模のグループ になった。そんなに拡大するとは藤次郎は思っていなかったのである。  しかしながら、始めてから別の意外な効果があった。それは、残業で遅くなった同僚に 対する買い置きと言う効果であった。残業で遅くなってスーパーが閉まっている時間に帰 宅しても、仲間が買っておいてくれるから、スーパーの閉店を気にせずに残業に打ち込め ることである。  また他にも、別の効果が二つ生まれた。  一つは、ネットワークおかげで近所の交流が生まれたことである。それまで互いに近所 に住んでいることは知っていても、交流がなかった…しかし、ネットワークを組むと、互 いの家を訪問しあうようになり、病気の時の見舞いとか独身者にとっては有り難い効果が あった。  また一つは、交流が深まることにより、異性の同僚との交流が増え、社内結婚が多くな ったことである。それにより、寿退社する女性が増え、会社の幹部はいい顔をしなかった が、その反面、社員同士の結束が高まり、仕事がうまくゆくケースが増えたので、表向き は反対しなかった。  逆に、交流が深くなりすぎて、賭け麻雀とか、借金とかの問題もあることにはあるのだ が…  何人かの人達は、休日の度に藤次郎のアパートに押しかけてきては、玉珠に料理を習っ たりしている。おかげで「休日にデートが出来ない」と玉珠は不満を漏らすこともあるが、 はた目には、玉珠自身が楽しんで料理教室を開いているとしか思えなかった。  また、玉珠の会社の人達もこのネットワークに入ってきて、かなりの人数になった。今 まで言い出しっぺの藤次郎が面倒を見てきたのであるが、あまりに人数が多くなってきた ので、藤次郎一人では手に負えなくなり、藤次郎が面度を見なくなることで、ネットワー クは自然に解散せざるを得なくなった。  しかし、何人かのグループではまとまりがあり、未だに小さなネットワークを組んでい る。  この事に対しては、玉珠は残念がったが、今でも藤次郎や玉珠の元には何人かの人達が 時々訪れては料理を作ったり、ピクニックやハイキングに行ったりする気さくな仲間関係 が続いている。その中には、宗像幸子夫妻,上杉景子,毛利素子,佐竹秀直とかの藤次郎 の会社でのグループの人達も混じって、今でも続いている。 藤次郎正秀